寺田's 学びを成長につなぐフォーカス発想のススメ
コロンブスの卵を越えていこう!
知性を開拓するのは簡単ではありませんが、知性を破壊するのは非常に簡単です。
自分の頭で考えない習慣を作りさえすればいい。それだけ。
もちろん、他人の知恵を借りることに価値がないわけではありません。「コロンブスの卵」という言葉がありますが、この言葉というかエピソードを知っている人は、卵を立てることについて悩むことがありません。
「知る」だけで行動ががらりと変わることがある、それは事実。
今のビジネス書人気も、まさにこの「知る喜び」に支えられているという側面はありそうです。
しかし、と考えます。
もし、コロンブスの卵を立てられることだけに喜びを感じて、「コロンブスの卵のココロ」を感じられないまま終わってしまっているとしたら、それは非常に安易で安直で、残念なことです。
そもそも、あなたの現場で純粋に「卵を立てる」作業が求められることがあるのか?
その卵の種類は、コロンブスと同じものなのか?
シチュエーションは? 求められている条件は?
おそらく、コロンブスと同じ条件で「卵を立てろ」と求められることはあり得ません。
いや、もしたまたまあったとしても、そんなことは例外的。
違う状況で、違う条件で、それを求められたときにあなたがどういう振る舞いができるかが問題です。
もし、コロンブスの卵の立て方だけを学んで、コロンブスの発想・ココロを学んでいなかったとしたら、あなたは、またその模範解答を誰かに借りに行かなければなりません。
そうやって、常に誰かからの借り物の知恵でその場しのぎの仕事ばかりをしているとしたら、それは学び方としてちょっと見当違いという気がします。
学校という場所は、将来、学校に通わなくても生きていけるだけの力を身につける場所です。
同じく、ビジネス書というのは、将来、人の知恵に頼らなくても仕事をこなしていけるだけの力を身につけるための教科書であって欲しいものです。
いや、それはビジネス書の問題なのではなく、ビジネス書の読み手がそのような姿勢を身につけるべき、という話です。
3月2日から日経新聞で「知が危ない──学びの今──」という企画が連載されています。
日本の学びが、もし安易な方向に向かっているとしたら。
社会人の学びが、もしお手軽なHow to志向に偏ってしまっているとしたら。
──それは、ちょっと寂しいことかも知れません。
本当に危機的な状況を打開する知恵は、知識・情報を統合し判断する力、粘り強い思考力、物事を抽象化し、その裏側を見抜く洞察力、既成の概念に縛られない発想力・・・そういう力によって、内側から生み出されるものです。
読書を、安易な「知識のコレクション」で終わらせない。
そんな読み方を模索していきたいものです。
P.S.
日経の連載企画、第1回の冒頭で紹介されている「オンライン知識取引所」。便利な時代が何を奪っているのか。
元教師として、現社会人教育に携わる身として唸るしかありません。。。
☆私の資料室HAPPY CAMPUS
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