寺田's 学びを成長につなぐフォーカス発想のススメ
「夢を描こう」の本当に意味
ゴルフにはあまり興味がない私ですが、石川選手の活躍はかなり気になります。
その石川選手。先日のニュース番組で、例の小学校の卒業文集の作文の話が紹介されていました。イチロー選手の作文とセットで、よく紹介されますよね。
「子どもの頃から夢を描く」ことが重要だって話。2人の作文に共通するのが、リアルな夢の舞台を、達成時期とセットで語っていることです。
「夢に日付を」的な話って、自己啓発の定番ですが、2人の日記を「夢を描こう!」という例として語るのは、どうも詐欺っぽいニオイがします。
あなたは、そんなこと感じたこと、ありませんか?
「夢を具体的に描けば叶う!」なんていうのは「夢のような話」です。それが叶わなかった人の方が、圧倒的に多いわけでして、特殊なサンプルを根拠として主張しないというのがロジカルな思考というものです。
この2人の例を出すとしたら「リアルな夢を語ることの重要性」ではなく、「ドデカイ夢をリアルに描けるぐらい、本気の下積み、修練と実戦経験を積むことの重要性」を語る時です。
夢を描くことは、それほど簡単じゃありません。
未来を描くことですら、それほど簡単じゃありません。
それを簡単だと思っているとしたら、人生をなめているか、ちゃんと努力しているか、どちらかです。
両選手は明らかに後者。あの作文はとてつもない努力の時間を経て書かれたものですよね。
彼らの描いた「夢」というのは、いわゆる「夢のような話」ではなく「達成がリアルに見えるプラン」に近いものだったのではないでしょうか。
だって、「描く材料が自分の中にある」状態でなければ、「リアルな夢」は描けませんから。
たとえば、学校で進路指導をする時、「自分の将来を描け」という言葉が通じる生徒と通じない生徒がいるんです。
夢とか将来を思い描ける人は、未来に通じる道をしっかりと歩んできた経験を持っている人なんです。
その道でがんばってきたか。違うジャンルだけど、何かがんばってきたか。あるいは、身近にそのサンプルがあったか(進路の場合は親ですね)。
私が進路指導主事を務めていた学校は、生活保護世帯も多かったし、親が昼間から酒を飲んでよっぱらってたり、暴走族だったり、パチンコ屋にいりびたっていたり、そんな家庭もありました。
そんな家庭で育った生徒に「将来の夢を描け!」なんて言っても通じません。
ですんで、2人の作文の話も、強調するポイントを間違えたらダメだよな、と思うわけです。
「大いなる夢を描くだけの資格を手に入れろ!」
「徹底的な努力を積み重ねて来た人は夢をリアルに語れるものなんだよ。」
「夢を描くなら、そこにつながる道に一歩踏み出すことに躊躇するな!」
そんな話だよな、と。
もちろん、夢が先に来ることだってあります。いや、大いにあっていい。
そういう場合は、M・フィッシャー著『成功の掟』や、道幸武久著『加速成功』で語られているように、「大きな夢とセットで、リアルな小目標を立てて、確かなステップを登って行けよ」というアドバイスが必要です。
同じ「描く」でも、夢と青写真あるいはビジョンでは違うよ、という言い方がいいのかしらん?
2人も、すごい努力を積み重ねる前にも夢を描いていたとは思うんです。でも、それを「リアルな夢、目標」として言葉にできたのは、やっぱり努力の後だったのではないかと思うわけです。
躊躇せずに最初の一歩を踏み出し、夢に対して恥ずかしくない努力を積み上げていく。
そうすることで、きっと、最初はぼんやりとした「空想もどきの夢」だったのが、だんだんリアルになっていくはず。
あなたは、どうですか?
夢、描いてますか? それは具体的ですか? 期日は入っていますか?
そして、夢を描いた後、躊躇せずに踏み出していますか?
実現のために、ふさわしい行動は作っていますか?
石川選手やイチロー選手の作文の話を耳にしたら、ちょっとそんなことを思い出してみてください。
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