寺田's 学びを成長につなぐフォーカス発想のススメ
速読は読書の延長か?
アメリカ人はスキミングだとかスキャニングだとかいうテクニックを「読書の1つの技術」として使いこなしています。
彼らは「読書」というものを、非常に柔軟に考えています。目的に応じて読書のスタイル・テクニックを自在に使いこなすという意識が明確にあるようです。
私たち日本人はどうかっていうと、どうも「一字一句をきちんと読む」ことに対するこだわりが強いようですね。
速読トレーニングにマニアックなまでに取り組んでいる人たちを見ると「一字一句を理解する」とか「今の読書よりも質高くスピードを上げる」とかいう幻想に囚われてしまっています。
そもそも一字一句を理解するなんてことは、読書においてはどうでもいいことでしょ。
もちろん、著書とか著者に関する研究をしている人が、そんな読み方をしたいってんなら分かりますが。
でも、そういう人は別に速読しようと思いませんよね。吟味することに意味があるんだろうから。
なんで普通の人が一字一句理解することにこだわる必要があるのか?かなり謎です。
今の読書よりも質高く、スピードを上げるってのも、ちょいとチャレンジャーですよね。
例えば絵を見るのだって、全体を眺めるのと、細部をルーペを使って見るのとでは、「見方も見る目的も違う」って話になりますよね?で、当たり前だけど、ルーペを使って、裸眼で見るのよりも高速に全体を見るなんてできるわけがない。
スピードを上げれば、細部への注意は下がる。これは必然。スピードも上げても細部にも意識が届くようにするためには、その道の達人になるしかない。達人になるには、地道に読書経験を積み上げていくしかない。しかもサラサラ〜っと速読できるような本ではなく、本と格闘しなければいけないような読書を積み重ねる必要がある。
だから、速読ってのは「読書の幅を広げる技術」って考えましょうってことです。
今の読書の延長上にとらえるのではなく、今の読書の「横」にあるもの。今の読書をシフトしたもの。
そんなイメージですね。
とりあえず、今までの読書だったら、「世界を広げる」「多読する」「ロングテールの情報にアクセスする」ってのが難しいわけですよ。細部をとことんツッコムのならできると思うんですが。
だから、速読術を手に入れて、ロングテールにアクセスしたくなったら豪快にどんどん情報を拾っていくような読み方ができるようにしておく。
その上でツッコミたくなる文章に出会ったらギアを落として、しっかりと踏み込んで読むようにする。
徒歩で風を感じて、路地に咲く名もない花を愛でる心と、ヘリコプターで町を一望しダイナミックに楽しむ心。両方併せ持っておきましょう、と。
どうせ一字一句読んだところで、記憶にはその3割も残ってないんだから!
どうせ魔術のような速読を目指したところで身に付きっこないんだから!
現実路線で行きましょう。現実路線で。
それは「今の読書の延長ではなく、今の読書をシフトしたもの」として速読をとらえましょうということなんですね。
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