寺田's 学びを成長につなぐフォーカス発想のススメ
基本原則
速読に限ったことではないのですが、何かの技術や能力を発揮する際に、私たちが絶対に避けられない原則があります。
それはなにかっていうと、
○やったことがある、知っているということは簡単に処理できる。
○やったことがない、知らないということは簡単には処理できない。
○ただし、やったことがない、知らないことでも、類推可能なことを十分に体験したことがあれば簡単に処理できる。
というものです。
よく考えれば当たり前の話ですよね。
そして、これは理解、記憶の両面で関わる問題です。私たちは理解するにせよ、記憶するにせよ、長期記憶というデータベースと照合します。このときにデータベースが充実していれば、「あ、あのことね」という感覚で、楽に理解・記憶できるんですね。
よく記憶のすごさのたとえとして、将棋名人が棋譜を簡単に覚えてしまうとか、ミュージシャンが1度聴いた音楽を完璧に伴奏付きで即興演奏できるとかいう話が登場します。
これらは記憶力がすごいというより、持っているデータベースがすごいんです。すべては記憶のなせる技。あらゆる情報が自分の持っているデータベースとの差異で理解できてしまうため、楽に理解・記憶できるというわけです。
ですから、たとえば将棋名人でも素人が指したデタラメな手は記憶できないと谷川名人が著書の中で語っていらっしゃいます。
もちろん、サヴァン症候群のような特殊な例は別ですよ。脳の障害で、特殊能力を身につけてしまったような例は人間の可能性を示すものとしては不適切です。同じ意味で、アインシュタインやエジソンも「ちょっと例外的」と考えるべきです。
で、速読というか読書って、書かれている文字情報を記憶のデータベースと照合しながら理解していく作業です。非常に知的な作業なんです。文章理解ってのはIQテストの重要な要素ですからね。
それが、視野を広げる作業をしたとか、3ヶ月トレーニングしたとかで劇的にアップするはずがありません。もし、小学生が突然、ビジネス書をばりばり読んで理解し始めたらおかしいですよね?ビジネスの経験がない人がビジネス書を読んでも分かるはずがない。私が医学書を読んでもちんぷんかんぷんなのと同じです。これは誰でも同意できると思います。
なのに、普通の人が簡単に劇的に読書力がアップすると信じていいってのは、根拠が見あたりません。
もし劇的にアップする人がいたとしたら、それはもともと充実したデータベースを持っていた人です。ただ、眼の使い方のコツを知らなかった、意識のコントロール法を知らなかったっていうだけ。
だから1ページ3秒ペース以上とかのスゴイレベルの速読は、天然で達成している人はたくさんいても、教室に通って修得した人ってのはほとんどいないわけです。
そういえば、速読ジプシーのみなさんって、「速読本なら速読できる」って言いますよね。これも同じことですね。
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