寺田's 学びを成長につなぐフォーカス発想のススメ

なぜ僕らは古典を読まなければならないのか? このエントリーを含むはてなブックマーク 

 私はたびたび「古典」や「古典的名著」を読むべし、と説教くさく語ります。
 
 別にイマドキの新刊書が「ダメな本」だと主張しているわけではありません。何かを知る、何か行動を起こすための教科書にする、そういう用途にはとても適しています。
 
 しかし、頭は鍛えられない。ただ、それだけです。
 
 なぜ鍛えられないかというと、分かりやすい、頭を使わなくても読める書き方がされているからです。
 
 そして、さらに言えば具体的なことしか書かれていないからっていうこともあります。
 
 
 
 言葉を表面的になぞっていくだけで分かってしまう文章を、いくら読んでも理解力は高まりません。
 
 そして、世の中で「何かを知っていること」と「相手の意図や言葉を正しく読み取ること」のどちらが重要かといえば、間違いなく後者です。
 
 つまり、私たちは「知る喜び」を手に入れる傍らで、「理解する力を高める作業」を置き去りにしている可能性があるわけです。軽く読める本ばかり読んでいたら、ですね。
 
 
 
 別に理解する力を高める作業は、古典を読まなくても可能です。
 
 具体的でない言葉で書かれた本、想像力を駆使しなければ理解できない本、そういう本であればいいわけです。
 
 まぁ、手っ取り早くて、ハズレがないので古典を薦めるだけの話です。
 
 大事なことは「具体的でない」という部分。違う言い方をすれば「抽象的である」ということ。あるいは「経験を超えている」ということ。
 
 そういう言葉と闘うことで、私たちの理解力、想像力は高まっていくわけです。
 
 
 
 抽象的な言葉も、さまざまな文脈で読み、あるいは自分でも使っていくうちに、そこに「経験」が入り込んでいきます。そして、抽象語も、いつしか違和感なく使いこなせるようになります。
 
 まさに語彙が1つ豊富になった状態です。
 
 抽象語という「ワード」単位にとどまらず、おそらく「フレーズ」だったり、「ロジック」だったり、「レトリック」だったり。
 
 そういうものも、それらと格闘することによって、自分の中に、ある定まった具体性のあるイメージをともなって定着していくんでしょうね。
 
 
 
 ・・・と書いてみましたが、この↑一文、1回ですっきり理解できましたか?
 
 もし、さらっと流してしまった方は、ぜひもう1度読み直してみてください。かなり分かりにくい表現になってしまってます。
 
 気をつけないと、こういう著者の独り善がりの(笑)分かりづらい言葉をスルーしてしまいかねません。
 
 これは話し言葉の中だと、もっと軽やかにスルーしてしまうはずです。
 
 なんとなく分かった気になってスルーしてしまわず、きちんと受け止め、処理する癖を付けなければなりません。
 
 
 
※ちょっと「たとえ話」を。
 「この事件には、…といった社会的背景があったものと…」というフレーズがニュースなどで流れたとします。
 別に難しくありませんよね?
 でも「社会的背景」って言葉は、いつ頃から「すんなり理解できる言葉」になりましたか?
 小学校1年生ぐらいなら「社会的背景って、どういう意味?」って質問してませんかね?
 いつのまにか、「社会的背景」という抽象語が、自分の体験を通じて具体的な言葉になっているわけですよ。
 そういう体験をたくさんしなければならないと思うわけです。はい。
 
 
 
 それは何のためかというと、世の中の情報を正しく受け止めるため。正しく理解するため。
 
 受け止めた内容を正しく理解できているかどうかは、他者にしっかりと説明できるかどうかで試すことができます。
 
 説明は、話し言葉の適当なものではなく、書き言葉でごまかさず、丁寧におこなわなければなりません。
 
 意外と、人に説明しようとすると、「えーっと、あれだよ、あれ」みたいな話になってしまいますよね。
 
 やっぱり、1、2度読んだだけでは、分かったような印象は残りますが、ちゃんとした理解は手に入りません。しっかり読んだとしてもそうですから、ぱらぱら眺めただけでいいわけがありません。
 
 
 
 ともあれ、理解力を高めるために本を読む。そういう「何かのために読む」のではなく「ひたすら修行のために読む」という作業を自分に課す。
 
 それが「古典を読む」という作業なんですね。
 
 そして、だからこそ「古典を読め」という話になってしまうわけです。
 
 古典を読む力が付いてくると、人の話を聞き取る力が付いてくるはずです。単に「音」を受け取るのではなく、「意図」を受け取るという意味で。
 
 ぜひ月に1冊、薄くてもいいんで、古典を楽しむ習慣を持ちましょう!
●●

投稿者 てら : 2009年09月05日 22:39 

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コメント

どうも。。。

全く同感です。

何かオススメというか初心者にも入りやすい

古典ってありますか?

今、読まれているのでも良いので披露いただけると有り難いです。

投稿者 金指善孝 : 2009年09月06日 07:05

いまだに、孫子や論語は、折にふれ読み返します。

でも、いまだに、すべては理解できません…

それも、読むだびに新しい気付きや発想を産み出してくれます♪

以前、無人島に漂流したときに一冊しか本をもっていけないとすると
何をもっていくかを知人達と話合ったことがあります。

わたしは、司馬遷の史記でした…

投稿者 ポヨン様 : 2009年09月06日 18:39

>金指さん
 
ども。ご無沙汰してます。
金指さんのような読書家に本をお薦めするなど、ちょっと恐れ多いです。。。!(^^;
 
特定の本ではなく「岩波文庫:青、グレー」あたりを読破することを検討してみてはいかがでしょう?
 
逆に、金指さんのお薦め「頭を鍛える名著」みたいなものがあったら教えてくださいな♪
 
 
>ポヨン様
 
ども。いつも示唆に富むコメントありがとうございます。
 
なるほど。孫子、孔子と来ましたか。そして史記。。。さすが!
 
じっさい、古典ってのは何度読んでも新しい気づきを与えてくれますよね。
それに反射する自分の内面の変化、成長も見えてくる気がしますし。
 
私は「学問のすすめ」を読み返しますね。でも無人島には持って行かないような。。。
というか、漂流するときまで本を持って行くほど、本が好きじゃないという・・・(爆)
●●

投稿者 てら : 2009年09月07日 11:11


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